Naoko Nina Forrestのインナーチャイルドのお話

日本で生まれ、日本を離れるまで


私個人のインナーチャイルドのお話を実体験としてお話ししたいと思います。

私は幼少期の6歳ごろまで、光の集合体と共に時間を過ごしていました。
その光の集合体は、自分の意識と繋がっていて連動していました。
いつも、私のそばにいてくれましたし、その存在を身近に感じることは何のために地球に降りてきたかわからない、そしてこれから先の地球での経験を嫌がっていた私を落ち着かせてくれていました。

夜寝る時は、生まれてくる前のことを必死に思い出そうとしていました。
ぐるぐる見える渦の中で、

「私はどこからきたのか思い出さなければいけない」

そう毎晩寝る時に思っていました。

霊的な能力を持ち、普通に見えない世界にアクセスをしていました。壁をじっと見つめれば壁から映像が出てきたり、霊体を見たり、車で後ろの席に座っていれば、信号機の側までUFOが近くまできて、自分にははっきり見えているのに、周りの人は気づかない。そんな経験もします。動かないものが動き出したりそんなことは当たり前な感じで6歳まで過ごします。
自分と人を比較することもなく、もっと自然に向こうの世界と繋がることをしていました。
(月の時代)

6歳を過ぎ小学校へ上がる頃には、現実的な学校という場所での繋がりをどう取ったら良いかわからずに、自分自身を現実世界から切り離して孤独に過ごします。あまり口を開かない小学校6年間を過ごし、自分というアイデンティーティーを完全に喪失していきます。
授業はとても簡単だったし、学びたいことは他にあると思っていたので机の下でこっそりと人々の伝記を読む日々でした。
人間の一生の人生というものにすごく興味があって、学校の図書館のありとあらゆる伝記を読みました。
自分の世界を話しても理解してもらえないと思っていたので、話すことを諦めて緘黙症や自閉症と先生からは言われておりました。
(水星時代)

思春期に入るとそんな小さい時の孤独は次第に音楽を通して消えていきました。小さい頃から音楽はやっていましたが、中学で音楽を通して自分を表現するということと繋がり、スピリチュアルな能力は完全に消えていましたが、音楽を通して友達ができたり、それなりに楽しい学生時代後期を過ごしました。
高校時代まで続きます。

大学に入ってからは、デザインの勉強や恋愛やらで忙しくなり、普通に毎日を過ごしていました。体を動かすのが好きでテニスもしていました。
まさに、ザ・青春時代という何も考えないで過ごす日常を送っていたわけです。

この何も考えないで過ごす日常は、無意識からの繰り返しになり魂の成長は生まれません。楽しく過ごしていましたので、何の葛藤もなく魂の摩擦もありませんでした。(金星時代)


それが大学を卒業して、東京で夜学のデザイン学校に通いながら働き出す頃に普遍的な思考が私の中に入ってくるようになります。

「私の本当にやりたいことは何なのだろうか。」

という、人生を生きるというテーマが自分の中にやってくるのです。
設計事務所で働きながら、お昼休みに一人で東京医科歯科大の裏庭に座り、お昼を食べながらアリを見て過ごしました。
(私たちが作り上げた建築物はやがて朽ちて消えていくだろう。今までもそうだった。その朽ちた建築物の上をこのアリたちは同じように歩いていくのだ。だったら私たちもその普遍性の中で生きられないだろうか。)

そんな哲学的な思いを胸に、私は海外で勉強することにします。
建築の勉強のために海外に旅立ちましたが、それは建前。本当は単純に日本という外の世界を見てみたかった。それだけでした。
初めての海外では、語学の壁にぶち当たったり、自分のアイデンティティの大切さを痛感していきます。西洋文化では、「私」という意思表示がしっかりできないと、存在しない人のように扱われるからです。
まだ、文化の多様化もしていない当時のロンドンは、人種差別も多く残っていました。黒人の方が電車に乗ってくると、白人の方は違う車両に移るなんてことも多々見受けられました。

そんないろんな文化、国籍、価値観を持つ人と出会う経験を通して、なぜか心の闇を抱える人たちに興味を持つようになります。自分の中の闇と引き合っていたのでしょうね。ホームレスの方達ともたくさんお話をしました。
これは、イギリスから帰って東京に住んでからも続きます。
(どうやったらこの方達の心の闇は救えるんだろう)

そんな儚い思いも抱くようになります。
自分の子供の頃の感覚や能力を封じ込めてしまった闇をこの頃の私はまだ気づいていません。

当時一緒にいたシェアーメイトたちとは、哲学的な話をいっぱいしました。
どうしたら、デザインで世界を変えていけるだろうかと。笑
真面目に夜な夜な話し合いました。

そしてロンドンにいるときに起きた、9.11。
飛行機がツインタワーに激突していく映像に、シェアーメイトたちとテレビに釘付けになりました。そしてツインタワーが崩壊していく姿を見ながら

(ああ、これは起こるべきして起きている、そうなのだ。こんな分離の中にいるのだから。私は今大きな歴史の変化になる惨事を体験しているのだ。NYで起きたけれど、これはロンドンで起きていたかもしれない。私たちが作り出した分離が、このような悲劇を生み出してしまったのだろう。)

と思ったのです。



*******

9.11の惨事は私たちの心に大きな立ち止まり、見直しのきっかけを与えました。

ロンドンの建築学校で飛び級までして設計のエリートの道を行きかけていたのに、最後の課題提出の日。
私は必死な想いで、徹夜で課題を仕上げて、早朝課題を抱えて学校に向かうためにバス停に向かっていました。そのときに真っ赤に染まる朝日。
私はその真っ赤に燃える太陽を見て

(私は自分の人生を生きなくてはいけない!)

と自分のハートの叫びが聞こえてきたのです。その真っ赤な朝日を見ながら私はいても立ってもいられずに、バス停に向かう足を止め、大学には向かわず家に引き返しました。そして大学を辞めることを決意してヨーロッパの旅に向かいます。

あの時の、真っ赤に燃える大きな朝焼けは今でも胸の中に輝いています。

フランス、イタリア、ドイツ、スイス、スペインとユーロスターという乗り放題の電車で周り旅をして、様々な文化に触れていきます。
いろんな建物やデザイン、アートを巡りましたが、一番悟ったのは気候とその場所の人々の思考の関連性、そしてそれと文化の繋がりでした。
いろんな哲学書や、過去の偉大な芸術家たちの言葉も読みながら旅をしました。

しかし、自分が大学を途中で辞めてしまったこと、両親の期待に応えられなかったことを悔やみ、私は混沌とした鬱状態となっていきます。


この辺りから自らが、さらに哲学的になっていき、自分には一体何ができるのだろうかと考えだいきました。何かやりたいという情熱は感じるけれど、自分の真髄に触れられない。
そのもどかしい気持ちの中で悶々とした、晴れない気持ちのまま、東京で再度働き始めます。

エリートの中で働いていたので、そのプレッシャーと本当に魂が追い求める思いと現実の自分の軸がずれ、私はうつ病のような症状の中で体の様々な不調を抱えて生きていました。



そして、エジプト人の元旦那と出会い、もっと私はいろいろな経験をしなくてはならないと、日本を離れる決心をするのです。


サターンリターンをエジプトで迎える


日本を離れ、私はエジプトのカイロで生活を始めます。
エジプト人の建築家と働きました。
まだ自分の真髄に触れられない、混沌とした状態は続いていますが、日本の働き続けることからは解放されて、哲学的な思いに浸っていました。
完全に思考優先の中にいて、ハートで感じるなどということは本当に何の話かわからない世界にいます。

ロジカルな世界がすべてだと思っていた私は、この頃私はチェスを覚えて、チェスにハマっています。笑 

チェスのグリッドの中にある美しい動き、それが立体にも起こせるのではないかと漠然と想像力を働かせて、何か大事なものと繋がるきっかけが数字の世界にあるのだろうと思っていました。

(今となれば何をしようとしていたのかはっきりわかるのです。占星術もチェスも数学の世界。数字や幾何学は私にとっては言語と同等のものでした。
言語というものは、私たちの意識をずっと波動を下げてこの地球上のレベルに落とし込んだ「形態」です。なので宇宙の情報量に比べれば、言語の持つ力は1%未満と言っても過言ではないでしょう。それに比べると数字や図形はもっと宇宙意識の情報を含めますので、はるかに情報量が高いのです。)

幼少期の頃にあったスピリチュアルな感覚はうっすらとは残っているものの、意識の底ー潜在意識に封印してしまっているので確信として触れることができません。

**

そして、ついにサターンリターンを迎えた頃、私は雷に打たれたように衝撃的なメッセージを受けます。

私は、カイロのアパートのキッチンでお皿洗いを一人でしていました。
そうしましたら、急に暖かいピンク色の光ですっぽり包まれたのです。
とっても暖かくて、心地よくて。何が起きているのか頭はわからないのですが、瞬間で愛のエネルギーを送られていると気づきました。
そして念の為、まだ未熟だった当時の私に、漢字の「愛」という字で伝えてきました。笑
そして、ホログラムのメッセージで

「愛というものは、欲しいと想い求めると枯れていくもの。
しかし、自分の中を愛で満たしていけば、永遠の泉のように湧いてくるもの。その溢れた愛を、周りの人に届けていけばいい。」

というメッセージを伝えてきました。

言葉にしてしまうと、数行なのですが、今まで感じたことのない膨大な情報量を、一瞬で伝えられ私は感動して涙を流していました。

そうだ!そうだ!
そうだった、私はこのことをすでに知っていたんだ。って


その頃の私は思考優先で、愛などというものは、まるで関係ない世界に生きて考えもしなかったのにも関わらず、私は愛というメッセージに戸惑いを覚えながらも、

私の生まれてからずっと繋がりたかった真実はこれだ!と思ったのです。






エジプトにいたときに、何度かピラミッドは入りましたが、衝撃的な覚醒などは起きずに、それよりも異文化の体験としてカイロで過ごしました。
当時住んでいたところは、カイロのど真ん中で、タハリールスクエアーという昔のカイロミュージアムがあるそばに住んでいました。
住んでいたビルの下には、車の修理工場がありその騒音のうるさいこと。笑
エジプトは発展途上国ですので、新しい車などは一般の方には入手できないため、何度も何度も修理してポンコツの車を大事に乗るのです。
そして、ビルの後ろには公立の小学校がありました。
生徒たちはほとんど勉強することもなく、毎日校庭で遊んでいました。笑
そして、いつも先生の呼び出しがマイクで流れるのです。
生徒が授業に来ないではなく、先生が授業に来ない。笑
なんて、ゆったりとした世界なんだろう。

そして、その学校を抜けると電車の駅があり、その電車の駅を越えるとオールドカイロのスラム街が広がっていました。
そこには、ストリートキッドもたくさんいましたし、道端で生活している人たちもいっぱいいました。ゴミだめのような中に人が寄り添うように生活していて、それでもみんな生きられている。
オールドカイロを歩いていると、ローカルの食堂みたいなところがたくさんあり、そういうところに入るとよくお隣に座る人にご飯をご馳走してもらってました。そいういう助け合いの精神の中で、貧しい人たちは生きているのだとその時に痛感いたしました。


そのようなエジプトの日本にいたら到底見ることのなかった貧困の世界、不平等な世界、そしてエジプトに流れるゆったりとした愛の世界を体験しながら、価値観というものは本当に様々なのだということを学んでいきます。
日本にいた常識というのは全てではなく、その国々にはそれぞれの文化、価値観、そして一人一人にも価値観の相違というものはあるのだと。

そしてエジプトで一年弱住んだのち、オーストラリアのメルボルンに渡ることになります。そして運命的にタスマニアというところに辿り着きました。

私はこのタスマニア島のまだ野生のエネルギーがそのまま残る大自然の中で、自分の魂を覚醒させていきました。エジプトピラミッドではなかったのですね。

エジプトで愛のメッセージをサターンリターンで受け取っているものの、それがすぐに自分のものになるというほど、私は浄化ができていませんでしたし、意識も覚醒していませんでした。

でも、どこかであのときに感じた愛のエネルギーを残して、私は魂の経験を強く意識した時間をタスマニアで過ごします。

大自然の中で過ごし、私は生命の循環を体で感じながら、私たちという存在はこの物質的な存在だけでなく、確かに生命と呼ばれる大きなエネルギーの循環の中にあるのだという確信を得ていきます。

春は天国のように生命の息吹が大地から溢れ、夏は溢れんばかりの生命を木々草花が表現をし、秋は次への子孫の種を残し、冬には静かな冬眠に入る。
動物たちもたくさんいました。カンガルー、ワラビー、野鳥、など。野生の動物がたくさんいて、夕方になると道路に出てきてしまうのです。なのでかわいそうでしたが高速道路で跳ねられている動物たちをたくさん見ました。
その息絶えていく動物たちを見ながら、先ほどまで動いていた生命が死んでしまうと、そこにあった何かがなくなるということを経験で知っていくのです。体はあるのに中身がなくなる。

そしてなぜか人間を含めた生死も同時に多くこの時期に体験しました、設計の職場で働いていましたが、その同僚が2人もこの世を去ってしまったり、知り合いだった人が亡くなったり。

そんな経験を通して「生きるとは。」ということを学んでいきます。

命とはこんなに儚いものなのか。
でも、自然の中には地球そのもの、宇宙そのもののような膨大なエネルギーを感じることができる。そしてそれは私たちの中にも。
しかし個々の命は儚く、草花や木々、そして動物、人間の一生は短い。
でも消えることのない何か。

それは何?


そんなことを体験で感じ取っていた私に、やってきた、新しい命。
自分の息子をこのときに生みます。
大変な難産だったので、命を二人とも落としかけ、なんとか助かりますが、その後私は歩けないところまで自分の健康を失ってしまいます。
出血もかなりのもので、昔だったらきっと命を落としていたでしょう。

命を落としかける経験をして、自分の中で一度何かが死に、退院した時に外の風景が全く違って見えました。全てが鮮やかに「生」を帯びているように映ったのです。

ああ、私は生まれ変わったのだ。

その時私はそう思いました。


子供育ては自分育て、そしてインナーチャイルドと繋がる

息子を育てていく上で、自分の中に大きな傷があるのに私は気づいていきました。ありのままの自分を受け入れてもらったことのなかった私は、可愛い目の前の自分の子供の在りのままを受け入れることができないことに、子供を授かって気がついたのです。

そして、人とは違う感性を持った自分を社会に適合させるために封印して生きてきたことにも気づき始めます。

自分の感情のトリガーを観察しながら、このままでは、自分の子供に大きな傷を残してしまうと思い、フラワーエッセンスを取り始めました。
フラワーエッセンスは自然界のエネルギーを強く感じていた当時の私には、見えない世界の入門になるような出会いでした。
当時とっていたフラワーエッセンスは、 Bach。
Edward Bachの本に、出会います。



Edward Bachの本は、自分が感じていた目に見えない世界のことが明確に言語化されていました。病気というものがなぜ起きるのか、魂という存在は何か、そのような普遍的なことを言語化したものを読むことで自分の中にある普遍的な意識と繋がっていきます。この辺りから自分を癒すということを通して急激に意識が開いていきます。


その時に自分の中に浮かんできた言葉が「魂」。
Bachさんの本は英語で書かれていましたので、SOULという言葉はすでに自分の中にありましたが、日本語で「魂」と自分に浮かんできた瞬間を覚えています。
魂と浮かんできた時期は、タスマニアからメルボルンに移る車の中ででした。
その言葉が自分の中で湧き上がってきた時は、何かから解放されたような、大切なものにやっと触れられたような感覚になり、まだ自分を解放し始めたばかりで闇ばかり出てきて大変でしたが、少しだけ光が見えたような感じになりました。

魂という言葉が出てきた時に、生きることと今までの自分の人生が繋がったように思います。漠然と生きてきたその点が、一つのラインになったのです。
自分の視点が、少し上に行ったのですね。
なので、自分の人生、歩んできた道が鳥瞰的に見えるようになる。
そうすると、今まで起こった全てに意味があったことがわかってくるのです。

さて、私は幼少期の抑圧された思いを解放しようと、色々試みます。
その一つが絵を描くことでした。
最初は全然かけませんでした。
真っ白な紙の前で、何を描こうと考えると、描きたい何かが消えていくのです。なので最初は落書きから始めました。
自分の無意識の領域と繋がれる絵を描く時間で、自分の内側を大切にしていく時間を作りました。

そんなことを2、3年して、当時出会ったのがホオポノポノ。

初めて私はウニヒピリという存在、私がいうインナーチャイルドという存在を知り、意識し始めたのです。
最初は何それ?という感じであまり実感がなかったのですが、ホオポノポノの良いところは自分が認識できなくても良いというところなのです。
自分の目の前に起きている現象は全て自分の魂の無意識な領域からの記憶の再生に基づき起きていること。なので記憶の再生を浄化することで無意識からの行動の繰り返しから、より意識的に生きることができるようになるということをホオポノポノ言っています。

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この地球の海の生物が99%が水の中の生物のように、私たちの無意識の領域も同等ぐらいで存在しています。
なので、私たちが意識的に生きることを選択しないと、ほぼ自分の認識できない無意識領域の繰り返しで生きることになり、それを私たちは「生活」することだと思ってしまうのです。
ホオポノポノは、その無意識の領域の記憶の再生を受け止め、感謝し、愛することで闇の記憶を光に反転していきます。
言霊のエネルギーを使って、光に反転していくのですね。

これが意識的にできるようになると、ホオポノポノの概念は手放して自分の方法で浄化ができるようになっていくと思います。
その方法は自分のインナーチャイルド(ウニヒピリ)が教えてくれるでしょう。
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私自身もまだインナーチャイルドという存在を知ったばっかりだったので、知ったそのままのホオポノポノの方法を使って、自分の浄化をインナーチャイルドとするようになりました。今から13年ほど前です。
そこからは浄化がみるみる進んでいくのを感じました。目の前の現象、そして自分の感情にホオポノポノすると、実際に体が軽くなっていくのを感じました。最初は自分のオーラで感じることができて、肩の上のエネルギーが抜けていくのを感じました。

そして自分の幼少期にあった霊力も浄化が進んでいくに従って、感覚が戻ってきました。自分の記憶の浄化をするときに、一緒に周りの世界も浄化されていくのを実感として感じていきました。
内の世界と外の世界は実は一緒なのだ。と実感で感じていきます。

私のインナーチャイルドは、野生児で裸足で大地を駆け回っているような子でした。ワイルドな地球の上で力一杯ダンスし、動物といつも戯れている。
激しいので、自分の思いが素直に受け取ってもらえないと地団駄を踏むのもわかり始めていました。

(私は自分のインナーチャイルドに名前をつけてあげることをお勧めしています。そうすることで自分の意識がより明確になり、コミュニケーションをとりやすくなるからです。セッションでいろんな方々のインナーチャイルドとも対面してきました。どの存在も健気で真っ直ぐで可愛らしく美しい。
長い間置き去りにしてきてしまった、インナーチャイルドも最初はそっぽを向いていますが、名前をつけてあげるとご本人と意識がつながって動き出すのです。意識の世界は一瞬でシフトします。その世界を私はセッションを通して実際に見てきました。)


私の本格的な霊力の覚醒が始まったのは、そんなワイルドなインナーチャイルドとしっかりと繋がってからで、そのあたりから色々な経験をするようになりました。それはホオポノポノを実践し始めて起こり始めました。
それほど、インナーチャイルドとの共同浄化は力があります。
自分の過去世とも繋がり始め、時間のとらえる感覚が変わり始めました。

そのあたりでエジプトに里帰りした時に、ピラミッドの中で神秘体験をしてさらに導かれるように霊力が上がってきています。
高次元のエネルギーとよりつながり始めたのは、このピラミッドの中での神秘体験をしたあたりからです。

その頃にはかなり覚醒が進んでいて、私はピラミッドの中に入ると、ここは違う次元と繋がる装置であるということをすぐに感じとりました。
そこでピラミッドの中のチャンバーに入り、自分の魂が存在する高次元の世界とこの地球をつなぐ役目を果たしたいと、自分が地球でやりたいことの意思をそこで伝えました。

そしてピラミッドの外へ出ていくときに、目に見えない何万人という人が外にいて、大歓声で向かい入れられたのを感じたのです。
ものすごい歓声で、「ウワー!!」とか「オーーー!!」すごい人数の歓喜の声を感じて、ピラミッドから号泣しながら出ていきました。

(やっとここに帰って来れた。)

そのときそう思ったのです。

そして、その大観衆を感じて
(私についてきて。)

と心の中で唱えていました。笑

なぜそんなことを言ったか私にもわかりませんが(笑)、そんなことを言ったがためにその夜カイロのアパートでは大変なことが起こりました。
アパートでまだ3歳ぐらいの小さい息子といた私は、突然全部の窓がガタガタと割れるように振動し始めるのを感じて、これは連れてきてしまったと思いました。
ものすごい数の霊体がいるのを、5階のアパートの中で感じこれはどうしたものかと思っているところに今度はキッチンのラジオがついたり消えたり。
霊体などは感じることができていたもののまだお話や、浄化までできなかった当時の私は、こんな大勢の人数は相手にできないと思い、ものすごい睡魔の中で部屋のあかりを消して寝ることにします。(笑)

そして、その明かりを消したと同時にカイロ市内の電気が全部停電するということになり、大都会のカイロが真っ暗となったのを感じながら気を失うように眠りに入り、そこから3日間寝込み自分の中の何かが大きく動いたのを感じました。


現実面では、インナーチャイルドと繋がってからいろいろなことが動き始めました。

描いた絵を展示したり、イベントを作って音楽と食べ物と、アートを繋げたり、そして当時世界中を旅していた面白い仲間たちとつながり始めました。



そのうち、ある時ビジョンを見ます。
自分がハイヤーセルフになって、今まで自分が地球上で経験してきたことを同時に見ている姿を。その時に、私はこの世界は過去も、未来も実は存在していないだということを悟りました。

そして、2012年12月21日のアセンションと言われる時期。
そのころの私は、二人目の長女を授かって自分のインナーチャイルドともかなりの信頼関係を築いていました。
長女がを授かる時には、もう向こうの世界のビジョンをしっかりと受け取れるぐらいアンテナも育っていました。
授かる前に夢の中で長男が長女を手を引いて連れてきてくれたのです。
それから、娘は大きく美しく育った女性にもなって姿を見せてくれました。
凛として、強そうで、美しい輝きを持った女性でした。

それから私はそんな魅力的な彼女に会えることが待ち遠しくて、その感覚は自分の古くからの親友に会えるような感覚でした。
それもそう、娘は私と同じ違う次元にアクセスする力を持って生まれてきています。私と天上界で過ごしていたことを1歳ぐらいから口が達者で一生懸命話していました。笑

そして、ここまで私を導いた、いつも無条件の愛で支えてくれいる長男。彼の霊性の高さには頭が下がります。
彼の存在があったから、私は自分自身と繋がりなおそうと思ったのです。
未熟だった私を、無条件の愛でいつも見守ってくれていた息子には、愛を本当に育てていただいたと思っています。


話は戻り、私が実際アセンションを感じたのは、明確に覚えていて2012年の12月12日でした。みんなが言っている2012年12月21日ではなかったのです。地球が光のフォトンの中に突入した衝撃を感じました。
それは、ドン!というすごい衝撃で、地下鉄がトンネルの中に入るときに感じる空気圧のようなものでした。ものすごい衝撃で実際耳がツンとなりましたし、空気の中の何かの密度が上がったのを感じました。

その衝撃を感じた時、私はついにやってきたこの時が!
と心を躍らせたのを覚えています。

ある程度の霊力は戻っていましたので、自分が光の柱としてこの先やっていくのだと魂は切願しているのを知っていました。
なので、光のフォトンが空気に溢れている中、私は自分が高次元とこの地球を繋ぐ柱として使われていくことを、強く望みました。


そして、ずっとずっと魂が求めていた、「和太鼓」を演奏するという機会がやってくるのです。

動き出す現実

和太鼓との出会いは私の魂に衝撃を与えました。
出会ったのは大学を卒業した頃。

一番最初に和太鼓の音を聞いた時の衝撃は、雷に打たれたような感動で演奏を聴きながら号泣しました。それからずっとやりたいと思っていた和太鼓。
タスマニアいた当時和太鼓を教えているサイモンというオーストラリア人がいると風の便りに聞いていましたが、彼の教えている場所は私が住んでいるところからは3時間も離れているところだったのでその時は和太鼓を打つことは叶わず。

そしてそれから6年ほど経った時に、サイモンというタスマニアで太鼓を広めた人がパース(当時はパースに住んでいました。)に住んでいるので、試しに和太鼓を打ってみないかとお誘いが来ました。
おんなじサイモン?

真っ先に行きます!と返事をしてサイモンに会い、和太鼓を叩かせていただきました。その時の感動と言ったら!
そこから話はとんとん拍子に進み、1週間後には西オーストラリアで初の太鼓チームが結成されていました。
それから、今に至るまで私は太鼓の練習を一度たりとも休んだことがありません。太鼓の練習の日を指折りにしていつも楽しみにしています。
それほど、好きなのですね。笑

和太鼓に出会ってから、私のインナーチャイルドも急速に変化をしていきました。自分を表現するということを彼女と共に育てていったのです。
私の幼少期は、本当にすべてに口を継ぐんで自分を出さないように抑えていましたので、そのような私が人の前で舞台で演奏するなどありえないことでした。

でも、やりたい。(とインナーチャイルドがいう。)

そしたらやるしかない。
自分ができないと思うことが、やるとできる。やりたくないと思っていることが実はやると才能があることだったりするのだ。
そんな経験を通して、自分が限界だと思っていたことがただの幻想に過ぎないということに私は気づいていきました。そしてこれはきっとみんなに言えることに違いないと。


そうして、最初は数人で始めた太鼓チームも今ではすごい人数になり、活動的に活躍しています。


その太鼓を初めて2年ぐらい経った時に、私は東側のオーストラリアに移動しなくてはいけないというコールがなり始めました。
インナーチャイルドの声が聞こえるようになっていたので、そういったコールは素直に受け取れるようになっていました。
せっかく太鼓もできたし、なぜだろう。でも、向こうで私のやらなければいけないことがある。その思いと共に私は東オーストラリアのゴールドコーストに移りました。太鼓を初めて3年が経っていました。



本格的な魂の覚醒、そして私のインナーチャイルドの想い


ゴールドコーストに移ってからは、しばらく和太鼓の活動ができない状況に追い込まれていきます。パースで太鼓に関しては自分が中心な立場で何もかもうまく行っていましたので、そこで今一度なんで太鼓を打つのかという謙虚な姿勢を取り戻すために起きたのだと思います。

そして、そのうまくいかない時期に私は占星術に出会っています。
占星術を知って、その科学的な図形にまず惹かれました。そしてホロスコープに人生そのものが映し出されているという神秘、数字の世界、自分がずっと携わってきた図形の世界。
そして、自分が小さい頃じ感じて、取り戻していった大切な目に見えない世界。

その全てが占星術にあったときに、一つのラインになった感覚になりすぐに学び始めました。今から5年前の話です。
占星術の学びは、正直とっても簡単で、勉強するという感覚よりもすでに知っていて取り戻していく感覚のほうが強く、あっという間に全てが自分の中に入ってしまいました。そして自分のホロスコープを読み、自らの星の素晴らしさをそこで知るのです。

自分は手放し、浄化をしてきたつもりだったけれど、自分の素晴らしさを全然理解できてなかったと。これはきっと全ての人に言えることなのだろうと。

私は当時、占星術をとある方から習っておりましたが、占星術の捉え方がいまいち納得できずに、補講は2回受けてそこからは受けていません。
私がやりたいことはただ星を読むことだけじゃない。

そう、自分が占星術から追い求めている世界は、もっと深い世界でした。

それは「闇から光の転換」

でした。自分が多くの闇を通り抜けてきたからこそ、きっと一人一人の人生にも同じことが言えるに違いないと。その意識を変える変革の鍵がこの星が示すホロスコープに隠れているに違いないと。

そこから、私は独学で占星術のいろんな本を読み、日本語に始まり、日本語だけだと良い本に出会えずに、英語の本で占星術と心理学を読み解いたものを多く読みました。そして土星という星の重要さ、そして人間の集合意識の3天体、そしてこれからの高次元の世界とつながる場所を見せてくれる小惑星の大切さを独自に学んでいきます。
せき立てられるように、毎日毎日本を読み、過去の歴史の色んな人の星を読んでました。それは小学校の頃、伝記の本に惹かれ全部を制覇する勢いと同等。
ホロスコープを読むことは、その方の一生の伝記を読んでいるのと同じことだったからです。


そして、自分の使命にうすっらと目覚めた頃。
私は、自分の半身に出会い、自分自身を生きることを否応なく決意させられるのです。そのほかの選択肢はありませんでした。

自分自身と出会い、自分を生きないということは、死よりも辛いことになってしまったのです。

そこから、私のインナーチャイルドは野生児の姿から美しい少女の姿に変化を遂げ、2020年の一月に起きた山羊座での冥王星と土星のコンジャンクションの時期に、私の中からインナーチャイルドの姿としてはいなくなってしましました。

ちょうどその頃は、コロナという現象が世界に広がる前で、オーストラリアが火に包まれて、そこらじゅうで山火事が起き、その火は収まるどころか広がりを見せていました。
そして、その時の私のインナーチャイルドは半分火に包まれ、半分水に包まれ静かに立っていました。その状態で1週間ほど私の中にいたのち、小さい地球になり、そして地球自身と同化してしまいました。

「私の真の魂の思いは、地球と共にある。
より多くの人が自分という本来の美しい存在に目覚めていくことで
自分自身も、地球も浄化される。」

そういうことなのだと思います。

私の中に少女という形で存在しなくなって地球に変化してしまってから、私はより高次元の世界とも繋がり始め、自分自身を思い出していきました。

私という存在は、この宇宙に数カ所同時に存在していて、違う星に存在していることも分かり始めました。


私の大元の総括的存在はこと座のリラ。

そして、ロジカルな部分を担当するシリウス。

美しさ、感情に乗せて表現するプレアデス。

私の癒しの能力を担当するアルクトゥルス。

私の男性性と女性性の統合のサポートをするアンドロメダ。



性エネルギーの交流を通して、クンダリーニ覚醒が起きます。
クンダリーニの経験を毎日していく中で、性エネルギーのことを最初に語り出したのは、セブンシスターズというプレアデスの存在たちでした。

自分のチャクラがクンダリーニを通して浄化されていき、自分の霊力はかなり解放されております。
そして、人間のチャクラというシステムについてより理解を深めていきました。

これからさらに、統合して自分自身(地球)を浄化する役割がありますので、私自身自分の想像を超える能力と出会っていくことになると思っております。


自分が地球自身になったことで、私はセッションでもいろんな方の魂が持つ情報にアクセスすることができるようになりました。
そして、過去生もコンピュータマップのように、時間、場所、何が起きたのかを必要な場合は見せられます。


私のインナーチャイルドのお話をさせていただきました。
私は一人一人が自身のインナーチャイルドと繋がり、自身を意識的に浄化できるようになり、無意識を意識的に捉えるようになった時、人間の意識の統合が進むのだと思っています。
人間の意識の統合が進むと、分離の世界が統合されていきますので、この世から必然的に争いがなくなり、調和の時代へとシフトしていくということです。



インナーチャイルドと繋がるのは最初は想像や空想の世界なのではと思うかもしれませんが、その想像力が実は高次元の世界とつながる入り口なのです。

自分と繋がることを大切に。
感性豊かに生きる。
無駄なことにこそ、実は大事なものが詰まっている。
私はそう思います。


無条件の愛と共に
Naoko Nina Forrest


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